以前、絵画教室に通っていたある男の子のお話。
ぼくは教室では、
生徒(特に子供)の前では、
なるべく自分の絵を描いてみせないようにしている。
教室開講当初から一貫して心がけている。
子供というのは、
スポーツや芸術、
勉強、
なんでもいいけれど、
自分にできない分野で
卓越した技術を目にした時、
その反応はおよそ二つに分かれるから。
「わあスゴイ。自分もああなりたい!」
という反応と
「自分はダメだ。あんなことは無理だ・・・」
という反応。
ぼくは後者の反応をする者のために、
できるだけ教室で自分の絵を描いてみせないようにしています。
全くやらないとなると、指導ができないんで、ここぞという時を見計らう。
めちゃくちゃその点に関しては神経を使っている。
大人の生徒の前でも、めたらやったらお手本を描かないが、
これはまた別の理由があって、またの機会に書いてみたいと思う。
当時、まだ小学校前だったせいごくん。
いつもみんなを笑わせてくれるし、
ぼくのことを興味持ってくれているらしく、
色々話してくれたり、
聞いてくる。
「先生、誰と住んどん?」
「今日ごはん何食べるん?」
そうかと思うと、
いつも家で描いた絵を持参して、
教室へ入るなり
「見て見て~!!」
と満面の笑顔で駆け寄ってくる。
その絵がまた、本当に良いのだ。
楽しくて楽しくて、たまらない。
絵がそういうふうに歌っているような、そんな絵なのだ。
ある日、大作(4枚の画用紙をL字型にテープで貼りつけた、神輿の絵)
を持ってきて見せてくれた。
とにかく、パワーが凄い絵をいつも描く。
そんなせいごくんは、
ぼくがあまり自分の絵を描いて見せたくない生徒の1人だ。
とてもデリケートなのだ。
男の子特有の繊細さ。
もちろん子供としては、
どちらかと言うと
「にぎやかな子」
というふうに外目には思われるタイプ。
だが、誰よりもうんと繊細な男なのだ。
ある日の教室で、ぼくもみんなと一緒に並んで同じ絵を描くことにした。
なんとなくみんなと一緒に描きたい気分だったから。
気にしてないようで、
彼はとてもぼくが描くのを気にしていた。
それも知りつつ、
ぼくも真剣に描くことにしたのだ。
「全然違う!! こんなんと違う!!」
と彼は後半、地団駄を踏みながらだだをこね始める。
いつもそう言って、
頭を抱える場面は少しあるにはある。
けれどこの日のはちょっと重めだった。
「ぼくはもうダメだ・・・
ぼくはアカンやつだ!!
みんなは上手いのに、ぼくはダメだ・・・」
いつものキャラクターからして、
一見ユーモラスにも思える場面なのだが、
芯の部分では本音なのだろう。
長く過ごして見てわかったことだ。
教室にある麦わら帽をかぶり出し、
「ぼくはもう、旅に出てくる」
と言うんで、ぼくはぼくで、
「何かをつかんで来い!」
などと軽口叩いて、
周りのお母さんや生徒を含め、冗談めかして返す。
けれど、マジで思い詰めている部分があるんだろう。
いつも、納得ゆくまで何回も描きなおす男だから。
せいごよ、
でもどうかつまらないことでクヨクヨしないでほしい。
俺が絵画教室を始めたのは、こういう思いからなんだ・・・
「他人と比べることなく、
好きなように
自由に
心のままに
絵は描ける。
だからスポーツよか素晴らしいんだ」
って謳いたかったからなんだ。
だから、そんなふうにどうか嘆かないでくれ。
上手いかどうかなんて、
そんなもんくそみたいなもんだ。
けれど、人のことは言えないな俺も。
俺は俺で、
必死になって毎日絵の練習をしている時期があった。きっと不安なんだろうな、俺。
練習して練習して、
描いて描いて、
で、そのたびに
「俺は本当に才能がない」
「下手くそだ」
「だからもっと練習しなきゃ」
と必死になっていることがある。
そのままだと、やってはいけない、
自分を追い詰める追求の仕方に、
少し近づいてしまう。
もちろん必要な姿勢ではあるけれど、
それはそれとして俺が今の君に思うことは、
そっくりそのまま自分のための言葉なのかもしれない。
せいごよ、どうか君は君にしかできない発想で描いた絵で、これまで通り周りを感動させ続けてくれ。
それは君が思うよりもずっと、俺の心を揺さぶっているのだから。
・・・あれから数年経ちました。
いつの間にやらせいごくんに直接あてて書いたような文章になってしまってますが、これは世の中にいるすべての
「せいごくん」
に向けて書いたアートレターです。
ぼくも忘れそうになることだから。
コメント