「趣味はなんですか」と尋ねられたとき、一瞬なんて答えればいいのか躊躇する。
好き好んで手を出していることたちって、心に人生に全部必要不可欠なものばかりだからだ。「好きな飲み物何ですか」と聞かれて「水です」って答えにくいのと同じで。
で、そんなふうにして「好き好んで手を出していること」のひとつが映画を観ることである。
先日、「宇宙でいちばんあかるい屋根」を観た。実は2~3年前からDVDは手元にあった。大学生の頃レコード買いあさった時みたく、ぼくはよく「ジャケ買い」みたいなことを映画のDVDでもよくやる。出演者も内容も特に気に懸けず「おもしろそう」というジャケ買い。
2~3年寝かせて鑑賞した「宇宙でいちばんあかるい屋根」は神かがり的な名作だった。
ジャケ買い&積DVD(積読ならぬ)状態の作品もまあまある。まあ近年なら「ウォッチリストため込み状態」か。
映画好きなのは子供の頃からずっと変わらない。家にビデオデッキがやってくるのがよそより遅かったたため、小学生の時分はもっぱらテレビで放送される「水曜ロードショー」や「金曜ロードショー」が鑑賞の命綱。映画館なんてひとりで自由にまだ行けないし。
オンエアが夜9時から11時まで。当時はこの11時まで起きているのが大冒険で、10時半あたりの結末へ向かう、物語のいいところで眠りの世界の狭間を意識が行き来するようになり、頭が前後ろぐらんぐらんしながら観てた。
テレビの野球中継が延長になると、そのまま映画の放送が30分ずれ込んでしまい、最後まで起きていられなくなることがあり、ぼくは野球が嫌いな少年になった。大好きな映画の結末まで起きていられず、野球中継および野球というものを憎んでた。
中学生になりビデオデッキが家に導入されると映画熱はさらに加速。ビデオレンタル屋で片っ端から借りて観た。当時「洋画ベスト150」という分厚い本が家にあり、それを手掛かりに観ていった。タレントや文化人、評論家といった方々がそれぞれ選んだ「好きな映画ベスト10」を集計して150位までがランキングされた本。サスペンスもの、メロドラマ、コメディ、ありとあらゆる映画を新旧問わず網羅されていて、食わず嫌いなく観た。もちろん邦画も。
中学、高校の頃はスポーツも恋もせず、夏休みは毎日なにか映画を観ているだけの青春だった気がする。いや、もっと言うと平常の日も部活など入ってなかったので、映画と本に明け暮れていた。学校には行っていたが、メンタルとしてはひきこもりに近かったのかもしれない。
今でも好きで観る映画だけれど、この頃を越えるようなボリュームではない。世界や人生を、そこに観ていた。愛も葛藤も映画の中で教わった。正しい倫理観であるかは別として、ぼくのなかの基盤のほとんどは映画によって作られたと思う。悲しい結末のものもたくさんあり、それらメッセージ性のある作品たちのことは嫌いではないけれど割合的にはハッピーエンドのものが多い。ある意味で、常にぼくの気持ちが人生というものに対して前向きであるのは「ハッピーエンドの映画」をたくさん観たからかもしれない。
正直、面白い映画をたくさん観たのと同じか、もしかするとそれ以上に面白くない映画とも出会う。それでもぼくは「映画」というものが好きな人間なので、「おもしろくない」とか「駄作だ」とか言ってこきおろしたりすることはない。「ごちそうさま」っていう気持ち。そもそも、喜んでもらおう、楽しませよう、と思って人間がつくったものだ。結果がどうであれ、その動機には敬意を表していたいと思う。うんちく語りや評論をする行為も「映画好き」の役目かも知れないが、ぼくの「好き」の表現は分け隔てなく愛するということにつながる。
映画を愛してる。だから趣味って言うのとは違うなあ。
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