2020年12月、切り絵アーティストHachiは「ワイドナショー」にスタジオ出演いたしました。
「見てるよ!」
「たまたま見た!」
オンエアを見ていた方々からひっきりなしに連絡を頂きました。当時のTwitterも2日間鳴りやみませんでした。
M-1優勝直後の芸人さんのスマホってこんな感じなのかな、なんて思いながら、数日の間フワフワした日々を過ごしました。
でもフジテレビのスタジオでの収録中ぼくの頭に浮かんでいたのは、たった一人の存在でした。

それは、陶芸家・藤岡光一。
彼との出会いがなければ、今の切り絵アーティストHachiは存在しなかった。断言できる。初めて彼の陶芸作品を見た時、本当に雷に打たれたみたいに動けなくなった。
色、質感、放つオーラ。
正直ぼくが全く興味のなかった分野で、イベントで初めて隣のブースに現れた時は「となり、陶芸家さんて…」なんてちょっとがっかりしたのです。
でも、イベント開催前に展示を終えて一目みた瞬間、ぼくの世界が変わるほどの衝撃を受けた。
オーパーツばりに天才的な美を目の当たりにした。
彼との交流は、それから数年に渡って続くのですが、「切り絵をもっと鮮やかにしよう」と思い立って、自作の色彩を絵の具で使用するようになったのは「藤岡光一の陶芸作品に近づくため」でした。
立体と平面。
全くジャンルの違う作品であり、越える越えないの問題ではないのにも関わらず、そんなことを思いました。それほど圧倒的な美術だったのです。

彼の放った言葉の数々はずっと胸に焼き付いています。
「作品が自分を語る」
「酷評されても信じる」
「日常で使えるものであるべき」
などなど。
いつしかぼくは、自分の新作ができるたびに彼に見に来てもらうようになりました。とにかくストイックに作品を追及する彼に見せて、恥じないような出来を自分自身に求めました。
そして2020年の年の瀬、彼の大好きな松本人志さんのTV番組に出ることになります。
しかし、その年の最初に彼の口から、病魔に襲われたことを聞きました。
いつもユーモアを忘れない彼は、ぼくに深刻な思いをさせることなくその後数回、笑い話を肴にお茶を飲みました。
LINEの返信があまり来なくなっていき、年の瀬へ近づいていきます。こんな時、彼がしんどい状況なんだろうなということがテレパシーのように伝わってきます。
でも、ぼくが出演する「ワイドナショー」を見ることで、少しでも病状が良くなり、再び粘土を捏ねる力が湧いてくるのでは、などという思いを抱きながら頑張って出演しました。
彼が天寿を全うしたのを聞いたのは、それから一週間後。大晦日まであとわずかでした。ぼくは友達の家で飲んだくれていて、目覚めた朝の連絡。
彼はイエスが生まれた日に、魂を解放しました。
ぼくは今でも作品を制作していて、「もうこれくらいでいいか」そう思った時、必ず彼のことを思い出します。
藤岡光一ならどう思うか、と。
2年前に自伝のような小説を書いた時、ぼくという人間の輪郭を描いているのはぼく自身ではなく、藤岡光一をはじめとする周囲の人々だと実感しました。小説の終盤に彼のエピソードをしたためました。
ぼくに影響を与えた人物の中でも最大級の存在であり、もう一度言いますが、彼無しで現在のぼくは存在しえなかった。
作品を通じて、東儀秀樹さんとも親交があった藤岡光一の陶芸作品は、姫路市の生家にある工房でご両親の手によって手厚く管理・展示されています。作品を鑑賞してみたいという方は、八田までご一報ください。
ぜひ一緒に彼の作品を見てほしい。

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