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【子育て論・のようなもの】切り絵アーティストHachiの場合。

偉そうなブログタイトルですが、ぼくには子はおりません。しかし、ぼくという存在をつくった親の在り方は記録できるかなと。
もしかしたら、世界のどこかの誰かのなんらかの生きる手掛かりになるかなと思います。

ぼくは一人っ子です。
一人で遊ぶことが得意と言えます。今も変わらず。
幼い頃からとにかく本を読み、絵を描き、テレビ(特に映画といった物語)をたくさん見た。
今でも目を閉じると、団地のせまい一室で、物心ついてからすぐそこをアトリエのような状態にして何かをせっせと描いたり考え事したりした情景を感じられます。

周囲からうらやましがられるご多分にもれず、一人っ子として甘やかされ、いろいろと買い与えてもらえた。
中でもよく覚えているのが「世界のおはなし全集」みたいなデカい本のセット。小学校へ上がる前から家の立派な本棚に収められていた。
「ガリバー旅行記」とか「シンデレラ」の他に日本のおはなし、あまり有名ではないおはなしが絵本として納められている。で、それらは小学生高学年向きの漢字のボリュームだった。
あまり理解できない言い回しもあったけれど、その本には朗読のカセットテープがついていて、声の感じから何を伝えようとしているのかがイメージできた。視覚、聴覚と読解力を養うために我が家にあったわけではないと思う。たぶん、ぼくが生まれたお祝いに贈られた品ではなかろうかと大人になった今は思う。
他にも高そうな百科事典の30冊セットやら、科学の図鑑シリーズとかいっぱいあった。うちの父親は超絶インドアで、家族でどこにも連れて行ってもらった記憶がなく、そのかわりに本をたくさん読んだ。
この時期にぼくはすでに自分を確立していたような気がする。
外の世界をあまり知らず、精神世界へ向かっていた。
物語を自分で考えて書いたり、空想の映画ポスターを描いたり、おぼつかない手つきで作品みたものをつくっていた。
子供の頃はわからなかったけど今思うと、ぼくがやりたいことに関しては自由にさせてくれていたんだと思う。
たとえば父親は大の野球好きだが「スポーツやれ」とは一切言わなかったし、裕福ではないが母親は絵を描く道具や好きな本は何を置いても買ってくれた。
小学生にあがると、日中母親は家にいなかったり、あまり子供が好きではない父親とは会話した記憶もなかったり、やはり一人で何かをする機会が多く、他の子どもたちが普通に取るコミュニケーション能力が成長しなかった。
放任主義というよりは、特に何も考えていなかったんだと思う。両親もまだ若く、それぞれ自分のことで精いっぱいだったんだろう。
結果、ぼくは自分と向き合う時間を多く費やした。
スポーツ、社交性、恋愛、経済・・・人に必要ないろいろを、ぼくはずいぶん後になってから学ぶことになったし、その間物笑いのタネにされることもあったりした。が、後天的に学べるものと学べないものがある。幼少期に費やした「アートにつながる原風景」は大人になってからは手に入れることの出来ない時間だった。

ぼくの親はなぜもっといろんなところへ連れてってくれないんだろう、色々教えてくれないんだろう、と不満に思った時期もあった。
キャッチボールをする親子、ディズニーランドへ連れて行ってもらったと楽しそうに語る同級生、兄弟げんかする子、彼らが一人っ子のぼくををうらやましいと思うのと同じく、彼らのことをうらやましいと思った。干渉されることがない代わりに、どこか心もとない気持ちもあった。けれど、放っておかれる、ということがぼくにとって最大の教育だったのではなかろうか。

37歳でサラリーマンを辞める前に、人生から一度切り捨てた絵というものをふたたび描き始めた時、「やっと帰って来たんやね」と母親に言われた。

また機会があればこのお話の続きを書きたいと思います。

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